2021年明けましておめでとうございます。

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 明けましておめでとうございます。最近はFBやLINEの便利さについついブログにご無沙汰しています。長文には絶対ブログが便利ですがFBやLINEの反応の素早い魅力はやはり捨てがたく…。

 さて我が日本民族にとって年の暮れ(年末大晦日)は特別な日です。その年一年の清算、けじめとしてその年の出来事や思い出を振り返り素直に喜んだり、反省を噛みしめたりして新しい年へそれぞれが期待込めたり願いを込め除夜の鐘を聴く日です。

同様に新年(元旦)は日の出とともに新しい年を祝い、今年一年が平穏で健康に過ごし沢山の幸せが訪れることを願い神仏に祈りを捧げる特別な一日です。

  人それぞれですがそんな特別の日(期間)に様々な言動をする人も居り、人生様々です。この特別なタイミングに人を悪しざまに言うことで自分の正義を主張する。批判する事、反対する事でしか自己主張し、自分の正当性を訴えることは相手を敵として見なし敵対する構図は心の貧困さを感じます。もしかしたら誰か(敵と考える)を嫌いではなく、自分を好きになってくれない人を結果的に嫌い⇒だから敵と考えているのではないかと思います。そして人のことはよく分かると考えているようですが、実は自分のことが自分で分からない人なのではないのかなと思うのです。出会う人すべてを敵か味方かで判断し、色分けする人たちは一体どんな人生を積み上げてきた人なんだろうかと思います。そんな人でも私と同じように音楽を聴いたり酒を飲む普通の外見をしていることにまさに人それぞれと感じます。

  コロナウイルスに振り回され、今までの常識や生活が一変しました。人類とはかくも弱い生物であったと改めて感じました。コロナ禍という災厄は経済、仕事、学業そして医療や介護、更にすべての人たちの生活様式を変えざるを得ない日常生活へと変化させました。スティホーム、テレワーク、テイクアウトと自宅で過ごす時間が増え、会合や集会が禁じられ、人々が群れ、人が動くことで経済が回っていた時代を根底から覆すことになりました。自分の不幸を世の中や誰かのせいにすることで自分は正しい、悪くないと責任転嫁することは哀しいことです。コロナ禍の環境下で格差も広がり、人の心もある人は耐えたり、ある人は弱気になり、ある人は新生活へ対応したりと様々です。この環境下であるからこそ支え合う、助け合う、協力する人と人との絆を大切にしたいと思います。

  ここ数年暖冬小雪が続いていましたが久しぶりの大雪で一面の銀世界の景色を見ながらこの雪がコロナウイルスを消し去り、全ての人たちが笑顔を取り戻し、家庭内、ご近所、町内、地域、職場、学校等の生活が明るくなることを切望します。それまでは家の中で好きな音楽や映画を楽しむことを喜びと感じて生活したいと考えます。今年が皆様方にとりしあわせな年であることを心から願います。今年も宜しくお願い致します。